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技術、読んだ本、いろいろ。

一〇〇年目の書体づくり―「秀英体 平成の大改刻」の記録

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『一〇〇年目の書体づくり―「秀英体 平成の大改刻」の記録』は、秀英体の変化、歴史、そして「いま」がぎゅっと詰まった1冊。読み応えがある。

秀英体で組まれた文章をはじめて読んだのはたぶん1996年で、秀英体という書体名を知ったのは2012年3月だった。そして、18年前から何度も読んできた「キッチン」に秀英体が使われていることを知ったのは2014年4月だった。

持っているのは福武文庫のキッチンで、単行本ではない。よしもとばななの紡ぐ文章にはひらがなが多く使われ、優しさや柔らかさを感じる。それは秀英体という書体から受ける印象でもあったのだと思う。ずっと名前を知らなかったけど、その姿形は知っていた。

最初は本書をiPhoneのアプリで読んでいた。一時期、すべてのコンテンツが無料になっていたのでインストールしたけど、ちょっと読みづらくて本を買った。でも大きな紙の本で読んでよかった。アプリでは「第一章 秀英明朝」と「デザイナー・インタビュー」は、いまでも無料で読める。すてき。

ひとつの書体について、ここまで体系的にまとまった書籍は少ないと思う。秀英体研究もほしいけど、もう売り切れてしまっている。残念。

秀英体自体のことは、ここにある程度まとまっている。いろいろ読み物があって楽しい。

これまでの100年と、これからの100年

本書の構成が面白かった。目次の抜粋はこんな感じ。書体ごとの構成になっているけど、現在、過去、未来という流れを感じた。

第一章 秀英明朝

秀英明朝組み見本/次代に愛される本文書体をつく/太さの決定/漢字の制作/字形ルール/字形チェック/デザインチェック/仮名の制作/欧文・非漢字の制作/字母データ/OpenTypeフォント化の準備/OpenTypeフォントの変換と検証/秀英体ファミリーの基盤書体

第二章 秀英初号明朝

秀英初号明朝組み見本/秀英初号明朝の復刻/仮名の制作/欧文・非漢字の制作/漢字の制作/字形の検討/デザイン修整/復刻のむずかしさ

第三章 秀英角ゴシック 秀英丸ゴシック

秀英角ゴシック 秀英丸ゴシック組み見本/秀英体を広げる新書体/秀英角ゴシックの開発/新書体の決定/秀英丸ゴシックの開発/改刻書体見本

「秀英明朝」では、既存明朝をどのように改刻していったかとともに、どのようにOpenTypeフォントとしてデジタルフォントを作っていったのかが書かれている。どのように改刻が行われていったのか、詳細に解説されている。

「秀英初号明朝」では、過去に立ち返り一字一字に向き合い、どのように復刻していったのかが書かれている。威風堂々という言葉がぴったりな秀英初号、その特徴を保ち残す難しさの一端を知ることができた。

「秀英角ゴシック 秀英丸ゴシック」では、金、銀、丸という、あたらしい書体が生まれた過程が書かれている。秀英明朝の骨格をベースとした銀と丸ゴシック、好きだな。

もちろん、各章でそれぞれの書体について詳しく解説されている。それぞれの書体の解説に続いて、「デザイナー・インタビュー」と「秀英体の一〇〇年」がある。

「デザイナー・インタビュー」では、秀英体を使ってきた、使っている人たちの思いを知ることができる。

秀英体の一〇〇年」では、秀英体を中心とした和文書体の100年が書かれている。三省堂と協力して書体を作ってきた話は、「文字をつくる 9人の書体デザイナー」の杉本幸治さんの内容を思い出した。

付録的な秀英体関連年表、参考資料、用語解説もわかりやすかった。書体の知識が少ないので、用語解説は特に役立った。ハライなど文字を構成するものの名前とか、なかなか調べにくいものが載って助かる。 また、cmapとかCIDとかgsubとか、源ノ角ゴシックをビルドするときに出会ったものが解説されていてうれしい。

半ば専門書といってもいいような内容だけど、そこには物語があり、文章はわかりやすく読みやすかった。秀英体を通じて、他の書体や日本の書体をめぐる環境の変化を知ることができた。

まとめ

ムーンライト・シャドウ

私がこの世いちばん好きな書体は秀英体だと思う。と、キッチンの書き出しをぱくってみる。でも、そう思う。

この写真は、キッチンに収録されているムーンライト・シャドウの書き出し。キッチンも好きだけど、このムーンライト・シャドウも好きだ。いまは売っているキッチンの文庫は、角川文庫から出ていて書体は秀英体ではない。ちょっと残念。

「かぜはね。」うららはすこしまつ毛を伏せて淡々と言った。「今がいちばんつらいんだよ。死ぬよりつらいかもね。でも、これ以上のつらさは多分ないんだよ。その人の限界は変わらないからよ。またくりかえしかぜひいて、今と同じことがおそってくることはあるかもしんないけど、本人さえしっかりしてれば生涯ね、ない。そういう、しくみだから。そう思うと、こういうのがまたあるのかっていやんなっちゃうっていう見方もあるけど、こんなもんかっていうのもあってつらくなくなんない?」 私は黙って目を丸くした。この人は本当にかぜについてだけ言ってるんだろうか。何を言ってるんだろうか。

ムーンライト・シャドウの一節。ひらがなが多い。秀英体の一字一字の筆脈をじっと見つめると、ちょっと不思議な流れに思えるけど、こうやって文章が組まれていると気にならない。すうっと読める。すてきな書体。

最初の写真に写っている本には、すべて秀英体が使われている。

秀英体が使われている本をたくさん持っていた。それでも、文章と秀英体の印象を合わせて覚えていたのはキッチンだけだった。同じように覚えているのは、単行本のノルウェイの森で、こちらは精興社書体が使われている。どちらも文章と書体がぴったりと合っている気がする。

先日「CSS Nite After Dark 12 - 今、そこにあるWeb Fonts」に行って、 懇親会で秀英体が好きなんですと話したら、隣にいた方が秀英体開発室の方だった。びっくりした。短い時間だったけど、秀英体についての話を聴くことができて楽しかった。

TypeSquareの無料アカウントでは1書体をWebFontsとして使えることを知って、秀英体を自分のサイトに適用した。好きな小説で使われていた書体を、いまは自分のWebサイトで簡単に使える。ほんとうに幸せな時代だと思う。

秀英体を含め、書体をめぐるこれからの100年が楽しみ。

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