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技術、読んだ本、いろいろ。

Macbook Air(11-inch, Mid 2011)の電池を換装した

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しばらく使っていなかったMacbook Air、気がついたら電池が膨張していた。 CPUはCore i7だし、メモリは4GBだし、SSDは256GBだし、まだまだ使えるので電池を換装してみた。勝手に交換すると保証外になるけど、そもそも保証期間切れてるし、あまり気にせず自分でやっちゃう。

まず型番を調べてみる。デスクトップ左上のリンゴマークから「このMacについて」を開く。

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Macbook Air(11-inch, Mid 2011)」なのがわかる。システムレポートをひらいて、電源の情報を見る。充放電回数738回、けっこう使ってる。そして状態はいますぐ交換になっている。

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Macの外観はこんな感じ。微妙に盛り上がってる。実際に触るとかなり違和感がある。トラックパッドが盛り上がっていて、クリックし辛い。

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Amazonで「Macbook Air(11-inch, Mid 2011) 電池」とかで検索して適当に探す。ちょうどタイムセールやってた製品があったので、こちらを購入した。専用のドライバーもついてて助かる。

お急ぎ便で翌日に届いた。

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中身はこんな感じ。

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付属のドライバーでMacの裏蓋を開ける。盛り上がっててネジが固くてちょっと大変。ドライバーはいい感じの精度で、ネジ山をなめちゃうこともなく取り外せた。

膨張している。

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かなりふくよか…。

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バッテリーもはずす。コネクタはひっぱってもはずれなくて焦ったけど、上に持ち上げたらすぐ外れた。

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ネジは裏蓋のところが10本、バッテリーに5本ある。サイズが微妙に違うので、どの位置のネジか気をつける必要がある。

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外したのと同じ要領で元に戻す。Macを起動して電源の情報をみると、いい感じになっていた。

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簡単だったし、数千円でまた使えるようになってうれしい。

35歳になった

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人生の折り返し、後半が始まった。

中学生くらいのときに「回転木馬のデッド・ヒート」という短編集の「プールサイド」という作品を読んでから、35歳が人生の折り返しだと思って生きてきた。

「プールサイド」はこんな書き出しで始まる。

35歳になった春、彼は自分が既に人生の折り返し点を曲がってしまったことを確認した。

いや、これは正確な表現ではない。正確に言うなら、35歳の春にして彼は人生の折りかえし点を曲がろうと決心した、ということになるだろう。

回転木馬のデッド・ヒート

この「彼」が35歳になったのは1983年3月26日のことで、いまでは68歳のはず。どんな人生になっているんだろう。

後半が始まるということは前半が終わったということで、35年間、いろいろあったなあと思ったりする。相変わらず長期展望はなく、瞬間の積み重ねで35年が過ぎたんだと感じる。「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」のあとがきを思い出す。

瞬間の集積が時間であり、時間の集積が人生であるならば、私はやっぱり瞬間を信じたい。SAFE でも SUITABLE でもない人生で、長期展望にどのような意味があるのでしょうか。

泳ぐのに、安全でも適切でもありません

十代はばたばたしていて、そのおかげで諦観のようなものをちょっとだけ身につけた気がする。たいていのことはなんとかなるし、どうにものならないこともある、みたいな。

二十代はSIerでいろいろ案件をやっていた。いまになって、このころの経験が活かせるようになってきた気がする。

三十代はいいこともわるいこともたくさんあった。アップダウンが激しかったけど、いいことのほうが多かった。

ちょくちょくふりかえっていて、というかふりかえりしか書いていなくて、もうちょっとアウトプットしなければと年初に誓ったのだが全然できていない。もうちょっと頑張らないと。


最近、これからの働き方がちょっと見えてきた。「組織をエンジニアリングする」という感じ。もうちょっと推敲が必要だけど。

DevOptsや、Infrastructure as Codeにちょっと近いイメージ。Infrastructure as Codeでは、ソフトウェア開発のプラクティスをインフラの構成管理などで利用している。

これまでエンジニアとして身につけた技術をベースに、組織、戦略、マネジメントなどに取り組んでいきたい。新しいプラットフォームと言語でプログラミングするように、組織に取り組みマネジメントする。そんな感じでやっていると、マネジメントしている感じがしなくなってきた。

例えば、毎日新しい問題が起きたりするけど、毎日障害が起きるシステムの安定化に取り組んでいるようなものに思える。問題を切り分けて、仮説、検証を行っていく。

これをもうちょっとパターン化したり、プラクティスのようにまとめていきたい。


「デザインと技術をつなぐ」ということを、これから数年掛けてやっていく。言語化したことで明確になり、これから取り組むことを徐々にイメージできるようになってきた。

エンジニアとしてのバックグラウンドを、デザインや組織といったエンジニアリング以外のところで活かしたい。うまくできるかわからないけど、やりきりたい。


34歳はけっこうたのしかった。この1年もたのしくなるといいな。

2015年の振り返りと、2016年の初心

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あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

去年はこんなことを書いていた。

2015年の振り返り

Goodpatchに入社して、1年が経った。

CTOになった

もともとSIerに9年勤めて、マネージメント系の仕事が多くなってきて、もっとコード書きたいなーと思って転職した。2社目で大規模なサービス開発をあれこれやって、がりごりRubyJavaScript書いた。2年くらいたったら、やっぱりマネージメント系の業務を求められることが多くなってきた。

もっとコード書きたいと思って、Goodpatchに転職した。入社してみるとチームによいエンジニアが揃っているけどマネジメントする人がいなくて、もったいないなと思ってマネジメントをするようになった。そのほうがProttというプロダクトを成長させることができると思った。

Goodpatchではコードを書いた時間より、マネジメントをしていた時間が圧倒的に多かった。そういう働き方を自分で選んだ。

その後もいいエンジニアがどんどん入ってきてくれて、自分ならこんな風に作りたいなって思ったことをチームメンバーがどんどん実現してくれた。エンジニアとしての社会人経験が12年になるけど、はじめてコードを書くよりマネージメントしたほうが貢献できると感じた。

1月に入社して、3月ごろにプロダクトのエンジニアリーダーになって、12月に執行役員CTOになった。役員になることが前提で入社したわけではなく、エンジニアリーダーとして働いているなかで声を掛けてもらった。

いろいろな解釈があるけど、僕にとって執行役員というのは社員ではなく経営者だ。「JavaからRubyへ」という選択をして、その3年半後に「エンジニアから経営者へ」になった。

最初に転職するときに「はたらきたい。」を読んで「大切にしているものは、何ですか?」ということを考えた。CTOというキャリアを選択をするときも、同じことを考えた。

キーワードは「大切にしているものは、何ですか?」

新装版 ほぼ日の就職論「はたらきたい。」

僕にとっては「変化に対応していきたい」だった。ありきたりな感じだけど、考え抜いてでてきたことだった。そしてこれが僕の行動規範になっている。

ノルウェイの森」で永沢さんは行動規範についてこんなことを言っている。

人生にはそんなもの必要ないんだ。必要なものは理想ではなく行動規範だ

ノルウェイの森

永沢さんの行動規範は「紳士であることだ」と答え、紳士の定義として「自分がやりたいことをやるのではなく、やるべきことをやるのが紳士だ」と答えている。

大切にしているものや行動規範が明確になっていると、迷いにくくなる。新しいことをやるとき、こんなことが浮かんだりする。

  • 楽しいか?
  • 大変か?
  • 成長できるか?
  • 成果を出せるか?

でも自分にとって大切なことは「変化に対応していきたい」なので「変化が大きいか?」を基準に考える。この1年は、とにかく変化の大きい方を選んできた。

Goodpatchは「ハートを揺さぶるデザインで世界を前進させる」ということをビジョンに掲げている。それに共感していて、大変なことはたくさんあるけど、この先になにか楽しいことがありそうだから頑張る。

デザインと経営とエンジニアリングを繋げて、よいチーム、よいプロダクト、よい会社を作っていく。

英語

あんまり書いてこなかったけど、いちばん大きな変化は英語を使うようになったことだと思う。学生時代は一貫して英語を無視していた。使うことがなかったから。

エンジニアになって、仕様書や英語の文献はある程度読んできたけど、日常的に英語を使うことはなかった。読むことはあっても、書くこと、聞くこと、話すことはなかった。

ちょこちょこ勉強して、ものすごく苦手な状態から、なんとかコミュニケーションをとることができる、くらいの状態になった。2015年は仕事でベルリンに3週間行ったり、個人的にシリコンバレーに1週間行ったりした。

簡単な議論できるくらいまで上達したい。また勉強する。

2016年の初心

2016年に注力することを考えて、あれこれ浮かんだけど絞ってみるとこんな感じになった。

本を読んで、必ずblogに書く。

とてもシンプルになった。

Why

これまでとは違った業務に携わることになった。知識が足りないので、早急に補う必要がある。

分野だけ上げるとこんな感じ。

  • デザイン
  • プロダクト
  • 経営
  • 組織

これらの分野とエンジニアリングを組み合わせて成果を上げていくことが自分の責任だと思っている。エンジニアリングの力で、デザインと経営と組織を支えていきたい。

How

inputとoutputを増やす。知識を得て、それを使うことで経験にしていく。

What

本を読んで、必ずblogに書く。これがいちばんよい方法なのかはわからないけど、勉強したことをblogに書くことで成長してきたので、まずはこれまでに成果のでている方法を試してみる。この方法が行き詰まるくらい本を読んだら、また違ったものが見えてくるだろうし。

まとめ

今年がよい1年になるといいな、していきたいな、と思っていたら、「神様のレシピ」を思い出した。

「神様のレシピだ」日比野が表情を変えずに言った。「未来は神様のレシピで決まる

錯覚ではあったが、カカシはうなずいたかのように見えた。「神様のレシピにはとても多くの材料が並んでいて、贅沢です」

僕はそれをとてもいい響きの言葉だ、と思った

オーデュボンの祈り

エンジニアリングと、デザインと経営と組織を繋げるって、わくわくする。もちろん難しくて大変だろうけど。デザインの力をエンジニアリングで支える組織を作って、経営がそれを持続させる。とても多くの材料が並んでいて、贅沢だ。

個人的に35歳を人生の折り返し地点だと思っていて、そこまであと半年を切った。これからも変化に対応していきたい。